[ケアビジネスSHINKA論 Vol.3115]

介護事業の価値(M&Aという選択肢)

おはようございます、金曜日のメルマガ担当、尾添です。
水曜日から介護業界の展示会に出展しています。
(このメルマガが届く今日も東京ビッグサイトにいます。)
会場を歩くと、目立つのは「人材」「DX」「保険外サービス」に関する出展の多さ。
そして、もう一つ確実に熱を帯びていると感じるのが「M&A(事業承継を含む)」です。
実際、近くのM&A関連ブースでも多くの方が熱心に話し込まれていました。
そんなM&Aについて考えてみます。

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■■介護事業の価値(M&Aという選択肢)
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◆「M&Aの相談が増えている」という話は、なにも展示会での肌感だけではありません。
介護事業者の倒産は高止まりしており、たとえば東京商工リサーチの発表では、2025年
の「老人福祉・介護事業」の倒産が176件(2019年111件比で約6割増)とあります。
倒産=一部の特殊事例ではなく、“起こり得る出来事”として業界全体が向き合う局面に入
ってきました。
倒産の定義や集計条件は違いますが、帝国データバンクでも同様の報告がされています。

◆環境要因を考えても、好転材料が少ないのが実情。
人材不足は構造問題で、厚労省は第9期介護保険事業計画に基づく推計として、介護職員
の必要数は2026年度に約240万人、2040年度に約272万人と示しています。
つまり、個社の努力だけで吸収できる“不足の規模”ではなく、業界全体で奪い合いになり
やすい前提条件が、すでに置かれているということです。

◆こうした状況の中、M&Aは「儲け話」でも「敗者の出口」でもなく、むしろ“地域密着
のサービスを途切れさせないための手段”としても捉えられています。
ただ、現実の相談タイミングは、どうしても「もうダメだ」「資金繰りが限界だ」という
終盤に寄りやすい。
ここに、構造的な損が生まれます。
買い手はリスクを見ますし、売り手は疲弊してると交渉余力を失いやすい。
結果として、売買価格も条件も、どうしても売り手に不利になりやすい。
もちろん、ギリギリまで踏ん張ってきたこと自体が“悪い判断”などとは言えません。
むしろ、踏ん張った時間の中にこそ価値がある。
ただ、その価値が「評価される形」に翻訳されていないと、交渉の場では伝わりにくいの
が現実です。

◆M&Aの価値算定は、最終的には交渉で決まるとはいえ、実務上は資産・収益をベースに
した手法が使われます。
中小企業の現場では「時価純資産+のれん」といった考え方がよく用いられるのが一般的。
ここで言う“のれん”は、まさに事業者が大切にしてきた無形の価値(信頼・仕組み・人材
・地域連携)に近いのですが、問題は「無形だからこそ証拠がなければゼロや低評価扱い
され得る」ことです。
だからこそ考えたいのは、M&Aを「やるか、やらないか」の議題ではなく「いつでも戦略
として選べる状態にしておく」という経営の基本設計として捉えることです。
誤解を恐れず言えば、“売るための準備”は、“潰れないための準備”なのだと思うのです。

◆具体的には、以下のような準備が考えられます。
①数字の整備:月次の試算表だけでなく、資金繰り・借入条件・実態の利益(現場の残業
や社長の役員報酬を含めた調整)まで説明できる状態にする。
②運営の再現性:管理の仕組み、教育、シフト、加算取得、事故・苦情対応が「特定の誰
か」ではなく「仕組み」で回っていることを示す。
③コンプライアンスの“履歴”:行政の実地指導・監査にどう備え、どう改善してきたのか
を記録として残す。(買い手の安心材料として効きやすい領域です)

◆そして、介護事業ならではの「見えざる価値」を、もう少し業界として言語化していけ
ないかとも思います。
例えば、地域のケアマネ・医療機関からの紹介構造、家族対応の品質、離職が少ない現場
づくり、加算を“取って終わり”にしない運用力。
これらは、PL等には出にくい一方で、地域に必要なサービスを安定供給する力そのものと
言えます。
買い手にとっても“将来の手戻りコストを下げる資産”となり得るはず。

◆M&Aの議論が「価格」中心に寄りすぎると、現場が疲弊し、品質と人材が流出し、結局
は買い手側も損をする可能性が高いのでは。
逆に言えば、売り手の無形価値をきちんと棚卸しし、買い手がそれを維持・伸長できる形
で引き継ぐ設計までできて初めて、M&Aが“地域にとって良い選択肢”の一つとして定着
していくのだと思うのです。

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M&Aを検討するのは、何も「撤退」や「限界」のサインが出た時だけではありません。
私ごときが言うまでもありませんが、「5年後の人材」「10年後の後継」「地域の需要の
伸び」「制度変更耐性」を冷静に見たとき、早めに“第三の選択肢(連携・統合・承継)”
を持つことは、前向きで合理的なこと。
ここまで幾多の困難を越えて現場を守ってきたこと自体が誇るべき資産であり、その資産
を評価される形に整えておくことが大切。
今の業界の動きを見ても、それが介護経営における「守り」と「攻め」を同時に満たす
選択肢の一つなのだと考えます。